オリンピックと商標/弁理士 木村 達矢
新聞掲載記事- 商標(ブランド)
- 時事
新型コロナウイルスの感染の収束が見通せない中、現時点ではオリンピックが開催される予定です。コロナ禍で打撃を受けた観光産業や飲食店等にとっては、オリンピックや五輪の用語、オリンピックシンボル(五輪マーク)、大会エンブレムやマスコット、さらには「TOKYO 2020」との大会呼称や「がんばれ!ニッポン!」といったスローガンを使用して記念セールやイベント等を行いたいところです。
しかし、大会組織委員会は、これらのオリンピックに関する用語、シンボル、エンブレム等(「オリンピック資産」)は、商標法、不正競争防止法、著作権法等により保護されており、その無断使用は法的に罰せられるとしています。そして、「オリンピック資産」は、商品やサービスのカテゴリーごとにIOC等と契約した大会スポンサーに独占的な使用権が与えられており、それ以外の事業者が使用の許諾を得ることはできないでしょう。
とすると、大会スポンサーを除く一般の事業者は、オリンピックに関連した応援セール等をすることは一切できないのでしょうか。
たしかに「オリンピック資産」は、商標法、不正競争防止法、著作権法等により保護されていますが、これらの知的財産法はそれぞれ保護の要件を定めており、これをみたさない限り保護されることはありません。ちなみにロンドンや平昌、リオデジャネイロオリンピックでは、時限的な特別法が制定され、公衆に対してオリンピックと関連あることを示唆する表現の使用行為が広く規制されました。しかし、あまりに規制が厳しくなったため、選手を応援、祝福することすら躊躇してしまうといった世論の反発を招き、東京大会では制定されませんでした。したがって、東京大会では侵害の有無は既存の知的財産法に照らして考えればよいことになります。
このうち、商標法は、業として商品やサービスを提供等する者がその商品等について他人の商品等と区別するための文字、図形等のマーク(商標)を保護するものであり、特許庁に商標を使用する商品やサービスを指定して登録することにより、第三者は登録商標と類似する商標を類似する商品等に使用することが禁止されます。これにより、自他商品やサービスの誤認混同を防止することができ、商標の使用をする者の業務上の信用と需要者の利益の保護が図られることになります(商標法第1条)。
このように、商標法で保護されるためには、特許庁に商標が登録されることが前提であり、登録されていなければ商標法により保護されることはありません。したがって、そもそも商標登録がされていない用語やマークを広告等に使用すること、例えば「金メダル」応援セールや「東京」または「2020」を普通の書体かつ単独で使用することは差し支えがないものと考えられます(なお「TOKYO 2020」は大会組織委員会が登録しており、「金メダル」は一部商品についてIOC等以外の商標登録があります。また未登録であっても不正競争防止法の要件に該当するおそれはあります)。さらに、商品やサービス等の出所識別標識とは認識されない態様の用語等の使用には商標権の効力は及ばないとされており(商標法第26条)、商業目的とは認められない壮行会や祝勝会、SNSの投稿等で「オリンピック」や「五輪」の用語を使用することには商標権の効力は及ばないと考えられます。
このように知的財産法は、それぞれの趣旨、目的から保護と公益の調和を図っており、オリンピックに関連する権利は尊重しつつも、法が正当な使用と認める範囲では、オリンピックの用語やマークの使用は容認されるべきものです。大会組織委員会の「大会ブランド保護基準」(IOCの意向を受けたものと思われますが)は、「『目指せ金メダル』のような用語を用いてオリンピック・パラリンピックのイメージを流用することもアンブッシュ・マーケティングと取られる場合がありますので使用しないでください」としていますが、アンブッシュ・マーケティングはマーケティングの一態様であり、知的財産法に規定されたものではありません。したがって、上記の用語の使用が直ちにIOC等の知的財産を侵害するものではありません。東京大会についてはコロナ禍により開催を懸念する世論もある中、大会組織委員会は「オリンピック」の用語等の使用ついて、このような曖昧な用語、概念を用いて、過度に使用の自粛を求めたり萎縮させたりするのではなく、法の趣旨に則った運用を図る必要があるのではないでしょうか。