貴社の営業秘密保持は大丈夫?/知財周辺法委員会 弁理士 小林 洋平
新聞掲載記事- 時事
・「かっぱ寿司」の事件
本年9月30日に、「かっぱ寿司」の運営会社であるカッパ・クリエイトの社長らが、不正競争防止法違反により逮捕されるという事件が報道されました。
不正競争防止法とは、事業者間の公正な競争等を確保するため、不正競争の防止及び不正競争に係る損害賠償に関する措置等を講じることで、国民経済の健全な発展に寄与することを目的として設定された四十条からなる法律です。
法律上の不正競争行為の代表例としては、有名となった他人の信頼に頼ったり、これを横取りして商売しようとする行為(周知な商品等表示の混同を生じさせる行為、他人の商品形態を模倣した商品の提供、ドメイン名の不正取得)、デジタル製品のプロテクト技術を回避しようとする行為、営業秘密を不正に取得する行為(営業秘密の侵害)などが挙げられています。不正競争行為に対しては、民事上の救済規定(侵害者製品の差止請求、損害賠償の請求、損害賠償請求時の立証責任の緩和など)に加えて、刑事上の罰則規定(侵害者に対する刑事罰、法人に対する罰金刑)が定められています(但し、刑事罰については除外規定もあり)。
この事件では、営業秘密の侵害に対する刑事罰が問題とされています。逮捕された社長は、ライバルである「はま寿司」を退職する前に仕入価格や仕入先などの営業秘密と考えられる情報を持ち出し、カッパ・クリエイトに転職した後も「はま寿司」の従業員からそれらの情報をメールで入手したというものです。
・営業秘密かどうかが問題
逮捕された社長が取得した情報が、営業秘密であるか否かによって、刑事裁判の結果が左右されます。営業秘密に該当するには、当該情報について、①秘密として管理されていること(秘密管理性)、②事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)、③公然と知られていないものであること(非公知性)という三つの要件を満たす必要があります。これらのうち最も問題となるものは、①秘密管理性です。経済産業省の指針に拠れば、営業秘密に該当する情報として認められるためには、図に示すように、特定の情報を秘密として管理することを意図しており、かつ、その意図を実現するための措置を取っていて(例えば、秘密情報にアクセスできる従業員を制限したり、アクセスに際してパスワードを掛けたり、文書に「マル秘」の表示を施したり、キャビネットを施錠して保管する)、その情報に触れる従業員が「この情報は会社が秘密に管理しようとしている」ということが分かる等ということが求められています(https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/trade-secret.html)。単に、全ての文書に「マル秘」を表示しているとか、従業員の全てが解錠できるキャビネットに保管している程度の規定では、これらの規定を満足しているとは言えないので注意が必要です。この意味からも、営業秘密に該当する情報と、そうでない情報との間での分類が重要となります。
・競合他社への転職に伴う注意
競合他社に転職することに伴う情報流出について、不正競争行為であるか否かが争われた事件として、東芝の半導体メモリの研究データが転職先の韓国企業に漏洩したことに関する事件、積水化学の秘密情報が中国企業にメールで提供された事件、ソフトバンクから楽天モバイルに転職した社員について訴えが起こされた事件などがあります。昭和時代に比べて転職が珍しくなくなった今日において、同業種のなかで他社への転職をする場合に、前社での取引先や顧客に関する情報、営業秘密に係る情報に対する扱いを誤ると、民事上の損害賠償責任を負うだけでなく、刑事上の責任まで追求されてしまい、勤務先の会社も罰せられる可能性があり得ます。このため、同業他社への転職等に伴う営業秘密の管理規定についても十分に注意を払う必要があると言えます。