生成AIと著作権/弁理士 神戸 真澄
新聞掲載記事- 著作権
昨今、インターネットの普及、コンピューターの計算能力の向上などの情報技術の進展に伴い、AI技術の開発が加速している。AI技術の高度化においては、いわゆる生成AIと言われる、利用者の指示に基づき、様々な形態のコンテンツを生成する技術の発展が著しい。
生成AIとは、著作物などを学習用データとして収集・加工し、学習用データセットを作成し、学習用データセットを学習に利用して学習済みモデルを開発する開発・学習段階を有し、著作物などを入力して、学習済みモデルを用いAI生成物としての文章や画像などを生成し、生成した画像などの複製物を公開などする生成・利用段階から成っており(下図参照)、利用者の自然言語や画像などによる指示を受け、AI生成物を生成できるものと、定義する。
生成AIは、上記のように著作物を利用したり生成したりすることから、著作権の侵害の問題が生じ得る。このような状況下、文部科学省では「AIと著作権に関する考え方について」令和6年3月25日を公表した。ここで、著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。一方、単なるデータや作風、画風などのアイデアは著作物としては認められない。著作権は創作された時点で発生する権利で、届け出などの手続きが不要のため、潜在的に著作物が把握しづらい点がある。
生成AIは、上記のように開発・学習段階と生成・利用段階とからなっている。この各段階では、著作物の利用行為が異なることから、関係する著作権法の扱いも異なる。このため、上記各段階に分けて著作権との関係を説明する。
<開発・学習段階>
著作物などを収集・加工して学習用データセットを作成する行為、学習用データセットを学習に利用して、学習済みモデルを開発する行為については、著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用となり、原則として著作権者の許諾なく行うことが可能である(権利制限規定:著作権法30条の4)。
著作物は、下記①~③に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用できる。
① 著作物利用に係る技術開発・実用化の試験
② 情報解析
③ ①②のほか、人の知覚による認識を伴わない利用
上記「享受」とは、著作物の視聴などを通じて、視聴者などの知的・精神的欲求を満たすという効用を得ることをいう。著作権者が著作物から得ている経済的利益は、知的・精神的欲求を満たす効用を得られることの対価として支払われる。 この反面、非享受目的の行為は、著作権者の許諾なく行えても、著作権者の経済的利益を通常害しない。
AI開発においては、著作物を含む大量の学習用データを用いた深層学習などの手法が広く用いられ、この学習用データの収集・加工などの場面では、既存の著作物の利用が生じ得る。AI開発のための学習を含む、情報解析の用に供するための著作物の利用に関しては、平成30年改正において上記法30条の4の権利制限規定が新設された。本権利制限規定を創設した趣旨は技術革新により大量の情報を収集し、利用することが可能となる中で、イノベーション創出などを促進するものとして、著作物の市場に大きな影響を与えないものについて個々の許諾を不要とすることにあった。この法30条の4の規定を受けて、生成AIにおいて、他人の著作物を気にすることなく、円滑に学習済みモデルを開発できることは大きな前進と言える。
<生成・利用段階>
本段階では、上記法30条の4の適用はなく、著作権の侵害の問題が生じ得ることに留意すべきである。まず、利用者が所望のAI生成物が得られるように、自然言語や画像などによる指示として学習済みモデルに入力する際に、自然言語や画像などに他人の著作物が含まれると、該著作物がサーバーに保存されて著作物の複製が成立する。他人の著作物の入力には、④権利者から利用許諾を得ている ⑤許諾が不要な権利制限規定が適用される、のいずれかに該当しない限り、著作権侵害となる。
次に、学習済みモデルを利用して文章や画像などの様々のコンテンツを生成し、生成した画像などをアップロードして公開する。生成AIを利用して画像などを生成した場合でも、著作権侵害か否かは、人が生成AIを利用せず絵を描いた場合などの、通常の場合と同様に判断される。
このため、利用者が既存の著作物を認識しており、生成AIを利用して該著作物の創作的表現を有するものを生成させた場合は、依拠性及び類似性が認められ、利用者による著作権侵害が原則として成立する。AI生成物を利用するに、上記④及び⑤に該当しない限り、著作権侵害となる。
ここで、類似性の有無は、判例「最判平成13年6月28日〔江差追分事件〕」などでは、既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得できるものについて、認められてきた。なお、AI生成物に、既存の著作物との「類似性」又は「依拠性」が認められない場合、著作権侵害とはならない。
<まとめ>
生成AIでは、開発・学習段階では、法30条の4の適用により著作者の許諾を得ることなく、円滑に著作物を利用できる。一方、生成・利用段階において、法30条の4が適用されない。このため、著作権侵害を未然に防ぐには、利用者が他人の著作物を生成AIに入力しないことが必要となる。さらに、利用者が著作物と無関係の自然言語や画像などを学習済みモデルに入力して、生成AIにより意図しない著作物を生成し、この著作物が既存の著作物と類似性が認められることがあり得る。この場合では、当該著作物の公開を避けることが肝要となる。このように生成・利用段階では、著作権侵害について利用者に一定の負担を強いることになる。
将来的には、生成AIの利用を活発にして生産性の向上を図り産業の発展に寄与すると共に、著作権者の不利益を防止するには、非著作物のみの収集、加工によりクリーンな学習済みモデルを生成した場合で、しかも、利用者の入力が非著作物であれば、生成AIの生成物は、著作権者の利益を不当に害する場合を除き、著作権侵害にならないといった検討が求められる。